核抑止
ってなんのことですか?
核抑止(かくよくし)とは核戦略において巨大な破壊力を持つ核兵器を保有することが、対立する二国間関係において互いに核の使用がためらわれる状況を作り出し、結果として重大な核戦争が回避される、という考え方である。
核抑止
核抑止、または核抑止力には2つの意味がある。ひとつは国家間の戦争を抑止するというものであり、もうひとつは核兵器の使用を抑制するというものである。
戦争抑止については核兵器保有国と非保有国との間で成り立つと考えられた。これは冷戦初期のアメリカ合衆国のみが核保有国だったころに強い支持を受け、事実、朝鮮戦争においては核戦力一辺倒に傾倒し、派遣兵力に不自由するほどの通常戦力の減勢を行った。
ソビエト連邦が原爆実験に成功して以降、米ソは核戦争に撃ち勝つ(国家を破滅させうるだけの)核戦力を構成することに努力が払われたが、米ソ双方の核戦力が相互の国家を破壊できるだけの質量を整えた60年代以降は、いかに国家の破滅に至る核の使用をためらわせる軍事的経済的状況を維持するかにシフトした。この状況においては必ずしも戦争の抑止は目的とされず、また戦術分野にカテゴライズされた核兵器の使用を否定することにもならない。
1960年代、早期警戒衛星の配備で、米ソは相手の核ミサイル発射をより早く的確に察知できるようになった。これにより敵の核ミサイルが着弾する前に報復核攻撃を決断することが可能になった。
相互確証破壊(Mutual Assured Destruction,MAD、1965年)は最も知られた核抑止理論で、ロバート・マクナマラによって発表された。元は確証破壊戦略(Assured Destruction Strategy、1954年)に遡るが、先制奇襲による核攻撃を意図しても、生残核戦力による報復攻撃で国家存続が不可能な損害を与える事で核戦争を抑止するというドクトリンである。
核兵器も通常兵器も、軍事力による戦争抑止と言う意味では手段に過ぎないため、手持ちの戦力をいかに有効に抑止力に転化させるかという観点から、核抑止理論も大量報復戦略(ニュールック戦略、1954年)、柔軟対応戦略(Flexible Responce Strategy、1961年)、損害限定(Damage Limitation、1964年)、相殺戦略(Countervailing Strategy、1980年)、戦略防衛構想(Strategic Defense Initiative, SDI、1983年)など、時代や技術の変化を受ける。
ソビエトの崩壊直後からロシアの政治的経済的安定が図られた21世紀までの間に、旧ソビエトの核関連技術の流出があり、さらには米国の一極化への対抗から中国が支援した事もあり、北朝鮮、パキスタン、イランにおける核拡散が発生した。これらは従来の米ソ二極対立における核抑止とは別の核保有・核兵器使用の動機となるため、別種の対策が必要となる。
核抑止が成立しない場合
核の傘は米国またはソビエトが同盟国に対する核攻撃に対して核による報復を行う事を事前に宣言することで核攻撃の意図を挫折させるもので、これは冷戦が終結した現代においても消失してない。
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だが核の傘に対する信頼性の論議は古くからある。米ソから「報復を行わない」という言質を取れる国家は存在しなかったし、現代においてもアメリカは再三核の傘の存続を明言している。但し、そのような発言は同盟国や仮想敵国に対する外交政策上当たり前のことであり、もし現実に同盟国が核攻撃を受けた場合、アメリカが何千万もの自国民が死亡する危険を覚悟した上、核による報復という軍事的選択を行うかは全く次元の異なる問題である。
非核兵器保有国に対してであっても、核を使用した場合には同盟した核兵器保有国からの報復(核の傘)が機能する状況であるとしても、それでもなお核兵器の使用を抑制できない例として、次のケースが考えられる。
(以上、ウィキペディアより引用)
抑止していきましょう!!